遺言書について その②

また、ドラマの話で教恐縮ですが、余命あと少しの資産家本人が、紙に書いたものなら、それが遺言書になると、私はそのドラマのとおりに思っていました。

確かに、場合によっては、それが遺言書と認められる場合もありますが、多くはその書いた物は、ただその資産家のメモ書きとして、何の法律的な根拠もないものになってしまうことが多いです。

日本の民法という法律の中で、遺言書として法律的に認められるためには、このようにしなければならないと、厳格に決められています。

例えば、本人が書いたものが、法律的に遺言書として認められるためには、本人が全文の文章を手書きの直筆で書いて、そして書いた日付と自分の署名をして、ハンコを押さなくてはならない、と決められています。パソコンで中身の文章は書いて、サインとして署名だけするなどは、ダメです。

全文を手書きで書いて、書いた日付、自分の名前を署名して、ハンコまで押して、やっと、法律的な方式が認められたとなるのです。

最初、私はこれを聞いた時、なんでそこまでしなくてはいけないのか、パソコンで打って、名前だけサインすればいいのに、と思いました。

しかし、ここで、もう一度考えてみてください。そもそも、遺言書は遺された家族のために書くのですよね。とすれば、この遺言書が役立つのは、書いた本人が死んだあとということになります。

なにを当たり前のことをと、思っている方もいると思いますが、では遺言書を見たとき、中身の文章で、よくわからないところがあったらどうでしょう。書いた本人に、「これは、どういう意味?」と聞きたくても、すでに死んでいるので、当然ですが聞けません。

ですから、遺された家族に、本人のこうあってほしいという意思が、ちゃんとつたわるように、書き方にしても、厳格な方式をとっているのです。全文を本人が手書きでかいたからといって、100パーセント本人の意思が伝わるかどうかは言えませんが、手書きで書くというのは、しっかりと自分の頭で考えて書かなくてはいけませんし、署名するときも確認し、さらにわざわざハンコまで押すのです。

今回は、自筆証書遺言という場合を参考に紹介しましたが、遺言書とは、遺された家族が見るものという一面はありますが、もう一方の側面、死んだ本人が自分の意思を遺された家族にしっかりと伝えたい、という側面もあることを理解してください。

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